この項目は、国や社会がことばをどう決め、どう広めてきたか(標準語・公用語・言語計画)と、複数のことばが出会うと何が起きるか(ダイグロシア・コードスイッチング・ピジン・クレオール・危機言語)を学ぶ回。試験では用語の意味と具体例の組み合わせがよく問われる。
50項目講座の第9回は、区分「言語と社会」から「言語政策と『ことば』」です。
前回の社会言語学では、同じ日本語の中のちがいを学びました。
今回は、国の政策や社会の状況によって、ことばの立場や使われ方がどう変わるのかを見ていきます。
動画で学ぶ「言語政策と『ことば』」(約6分)
この回の要点を、LULUとHARUの会話で約6分の動画にまとめました。
通勤中や家事の合間に、耳で聞くだけでも復習できます。
最後の確認クイズ2問で、覚えたかどうかを試してみてください。
この項目で求められること
文部科学省のコアカリキュラムでは、この項目の到達目標を「社会、文化、政策と言語との関係を理解している」としています。
ことばは、ただ気持ちや情報を伝える道具ではありません。
国のあり方や、人の権利・アイデンティティと深く結びついているという見方が、この項目のポイントです。
ポイント① 標準語と公用語
標準語はどうつくられたか
国の「正しいことば」として決められたことばを標準語といいます。
江戸時代までの日本には、地域ごとにさまざまなことばがあり、全国で共通のことばはありませんでした。
明治になって近代国家をつくる中で、国語学者の上田万年が標準語の必要性を説きました。
その提言を受けて、文部省は1902年に国語調査委員会をつくり、全国の方言を調べたうえで、東京の教養のある人たちの話しことばをもとに標準語を定める方針を示しました。
標準語は学校教育や放送を通じて全国に広まりましたが、その過程では、方言をなくそうとする方言撲滅運動や方言矯正運動も行われました(くわしくはポイント⑤で見ます)。
標準語と共通語
戦後は、標準語を押しつけることへの批判から、「共通語」ということばが広く使われるようになりました。
| ことば | 意味 |
|---|---|
| 標準語 | 国が「規範」として定めた、理想とされることば |
| 共通語 | ちがうことばを話す人どうしが、通じ合うために使うことば。正しさより「通じること」を重視する |
公用語
国や地方自治体、国際機関などで、公式に使われることばを公用語といいます。
法律や行政、裁判、教育など、公的な場で使われます。
複数の言語を話す人がいる国では、公用語が複数あることもめずらしくありません。
たとえばインドには、国全体の公用語であるヒンディー語と英語のほかに、州ごとに決められた公用語があります。
日本の公用語は?
実は日本では、「日本語を公用語とする」とはっきり書いた法律はありません。
裁判所法の「裁判所では、日本語を用いる」という規定(第74条)が、ほぼ唯一の明文の例です。
日本語は、慣習によって事実上の公用語になっているのです。
ただ、日本語を母語としない住民が増え、行政や裁判の場で、日本語以外のことばで対応する必要も高まっています。
試験ではこう問われる
- 標準語の制定の流れ(上田万年の提言 → 1902年 国語調査委員会 → 東京の教養層の話しことばがもと)
- 標準語(規範)と共通語(通じ合うためのことば)のちがい
- 日本には公用語を定めた法律がなく、日本語は事実上の公用語であること
ポイント② ダイグロシアとコード・スイッチング
ダイグロシア
一つの社会で、場面や役割によって2つの言語や変種が使い分けられている状態をダイグロシアといいます。
ファーガソンは、使い分けられる2つの変種を、次のように説明しました。
| 変種 | 使われる場面 | 身につけ方 |
|---|---|---|
| 高位変種(H変種) | 行政・教育・報道など公的な場面。社会的な威信が高い | 主に学校で学ぶ |
| 低位変種(L変種) | 家庭や地域の日常会話など私的な場面。威信が低い | 家庭などで自然に身につく |
よく例に出されるのはスイスで、標準ドイツ語が高位変種、スイス・ドイツ語が低位変種として使い分けられています。
日本でも、多くの地域で共通語と方言が使い分けられていて、ダイグロシアに近い状態といえます。
なお、3つ以上の言語や変種が使い分けられている状態は、ポリグロシアといいます。
コード・スイッチング
話し手が、複数の言語や変種(コード)を切り替えて使うことをコード・スイッチングといいます。
大きく2つに分けられます。
| 種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 状況的コード・スイッチング | 場面や状況によってコードを選ぶ | 職場では共通語、家では方言。外国にルーツのある子どもが、授業中は日本語、休み時間は同じルーツの友だちと母語 |
| 会話内コード・スイッチング | 一つの会話の中でコードが入れかわる | 日本語と英語を話す人どうしが、英語で話しながら「えーと」だけ日本語になる |
試験ではこう問われる
- ダイグロシア=ファーガソン、高位変種(H)と低位変種(L)のちがい、スイスの例
- 状況的コード・スイッチングと会話内コード・スイッチングの区別
ポイント③ リンガフランカ・言語的人権・言語計画
リンガフランカ
母語がちがう人どうしが話し合うために、国や文化をこえて広く学ばれ、使われることばをリンガフランカといいます。
もとは中世の地中海沿岸で、商売のために使われた簡単なことばの名前でしたが、のちに「共通語」という意味で使われるようになりました。
今では英語が世界のリンガフランカになっています。
また、東アジアでは、漢字(表意文字)が広まり、漢文が一種のリンガフランカの役割を果たしていたといえます。
言語的人権
ことばに関わる基本的な人権を言語的人権といいます。
国際人権規約(1966年採択・1976年発効)の自由権規約第27条では、少数民族が自分たちの言語を使う権利を否定されないことが定められています。
1990年代からは言語的人権の議論が世界で活発になり、1996年には世界言語権会議で「世界言語権宣言」が採択されました。
言語的人権には、主に2つの面があります。
- 多数派のことばを強制されず、自分のアイデンティティである母語を身につけ、使い、母語で教育を受ける権利
- 住んでいる地域の公用語や共通語を学び、社会に参加できるようにする権利
日本に住む外国人住民についても、日本語教育を保障するだけでなく、親から受け継いだことば(継承語)を学ぶ母語教育をどう支えるかが課題になっています。
言語計画
国や政府が、国内外の言語の状況に合わせて、ことばの地位や使い方を決める計画を言語計画といいます。
言語計画は、次の3つの段階に分けられます。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| ①席次計画 | 国内の複数の言語に順位をつけ、公用語や国家語など、どの言語を公式に使うかを決める |
| ②実体計画 | 選ばれた言語の文字・発音・表記・文法などを標準化して整える |
| ③普及計画 | 整えた言語を、学校教育やマスメディアを通じて広め、定着させる |
日本では、明治以降の国語政策で、常用漢字や仮名遣いを決めたことが実体計画にあたり、それを学校教育で広めたことが普及計画にあたります。
試験ではこう問われる
- リンガフランカの意味と、現在は英語がその役割を果たしていること
- 国際人権規約(自由権規約第27条)と1996年の世界言語権宣言、言語的人権の2つの面
- 言語計画の3段階(席次計画・実体計画・普及計画)と、日本の常用漢字・仮名遣いがどれにあたるか
ポイント④ 言語接触とピジン・クレオール
言語接触
2つ以上の言語や変種が、社会の中や一人の人の中で出会うことを言語接触といいます。
接触の結果は、次の5つに分けられます。
| 結果 | 内容 |
|---|---|
| すみ分け | 2つの言語が、ちがう場面や役割を受けもって共存する |
| 取り替え | 一方の言語が、もう一方の言語に移っていく |
| 混合 | 2つの言語がまざり合い、新しい言語が生まれる |
| 第三の言語の採用 | どちらでもない、第三の言語が使われるようになる |
| 維持 | 接触しても、もとの言語を保つ |
「混合」によって生まれる新しい言語が、次のピジンとクレオールです。
ピジン
言語接触の中で、おたがいの言語の要素を取り入れてつくられた、簡単なことばをピジンといいます。
文法は単純で、語彙や音も限られ、書きことばを持たないことが多いのが特徴です。
植民地の時代に、現地のことばとヨーロッパの言語が出会い、商売やプランテーションの仕事のために生まれた例が多くあります。
ピジンはふつう一時的なことばで、取り引きが終わると消えてしまいますが、社会の中で受け継がれるものもあります。
クレオール
ピジンを母語として話す世代が生まれ、ことばが複雑に発達したものをクレオールといいます。
クレオールは、整った文法と豊かな語彙を持ち、日常生活から教育、政治まで、あらゆる場面で使える完全な言語です。
たとえばニューギニアのトク・ピシンは、もとはピジンでしたが、のちにクレオール化し、今ではパプアニューギニアの公用語の一つになっています。
ただ、ピジンとクレオールの境目をはっきり分けるのは難しく、まとめて「ピジン・クレオール」と呼ぶことも多くあります。
ピジン・クレオールは世界に100以上あり、アフリカや中南米の沿岸、カリブ海、太平洋の島々などで広く見られます。
試験ではこう問われる
- 言語接触の5つの結果(すみ分け・取り替え・混合・第三の言語の採用・維持)
- ピジン(母語話者がいない)とクレオール(母語話者がいる)のちがい
- ピジンからクレオールになり、公用語になったトク・ピシンの例
ポイント⑤ 危機言語と方言撲滅運動
危機言語
世界には7,000以上の言語があるといわれますが、話す人の数は、上位20〜30の言語に大きくかたよっています。
残りの言語の半分ほどは、母語として話す人が大きく減り、消えてしまうおそれがある危機言語だとされます。
ユネスコは「世界危機言語アトラス」をつくり、消える危機にある言語をリストにしています。
2009年には、日本の8つの言語・方言が、危機にある言語として挙げられました。
| 危機の度合い | 言語・方言 |
|---|---|
| 極めて深刻 | アイヌ語 |
| 重大な危険 | 八重山語・与那国語 |
| 危険 | 八丈語・奄美語・国頭語・沖縄語・宮古語 |
奄美から八重山・与那国までのことばは、まとめて琉球諸語とも呼ばれます。
方言撲滅運動
明治政府は、国を強くする政策の中で、学校教育や徴兵制を通じて標準語を広め、アイヌや沖縄の人びとには日本語や日本の文化に合わせること(同化)を求めました。
1900年代ごろからは、学校で方言を話した生徒に「方言札」という札を首にかけさせるなど、方言をなくそうとする厳しい指導が行われました。
これを方言撲滅運動といい、特に沖縄では、戦後の1960年代まで続いたといわれます。
こうした教育によって、「方言ははずかしいもの」という意識が広まり、戦後も標準語中心の教育やテレビなどの影響で、方言を話す人は減っていきました。
しかし1990年代以降は、地域の文化やことばの多様性を見直す動きが広がり、方言を地域の大切な財産として残し、受け継ごうとする取り組みが、学校や地域で進められています。
試験ではこう問われる
- ユネスコが2009年に日本の8つの言語・方言を危機言語として挙げ、アイヌ語が「極めて深刻」とされたこと
- 方言撲滅運動と方言札、沖縄では1960年代まで続いたこと、1990年代以降の見直し
学習者はここでつまずく
日本語が上手になるにつれて親の母語を話さなくなり、家族と深い話ができなくなることがあります。
また、「日本語だけを話しなさい」と言われ続けると、自分の母語や文化をはずかしいと感じてしまうこともあります。
確認クイズ(5問)
答えを考えてから、「答えを見る」を押してください。
Q1. 一つの社会で、公的な場面の「高位変種」と日常の「低位変種」が使い分けられている状態を何という?
① コード・スイッチング ② ダイグロシア ③ リンガフランカ ④ クレオール
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正解:② ダイグロシア
ファーガソンが示した考え方です。一人ひとりがことばを切り替える行動は「コード・スイッチング」です。
Q2. ピジンを母語として話す世代が生まれ、文法や語彙が整って発達したことばを何という?
① 共通語 ② 危機言語 ③ クレオール ④ 低位変種
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正解:③ クレオール
ピジンにはふつう母語話者がいませんが、クレオールには母語話者がいます。
Q3. 言語計画のうち、選ばれた言語の文字や表記、文法などを標準化して整える段階はどれ?
① 席次計画 ② 実体計画 ③ 普及計画 ④ 同化政策
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正解:② 実体計画
日本の常用漢字や仮名遣いを決めたことは、実体計画にあたります。
Q4. 2009年のユネスコの発表で、日本の言語の中で「極めて深刻」とされたものはどれ?
① 沖縄語 ② 八丈語 ③ 与那国語 ④ アイヌ語
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正解:④ アイヌ語
八重山語・与那国語は「重大な危険」、八丈語・奄美語・国頭語・沖縄語・宮古語は「危険」とされました。
Q5. 日本の公用語について、正しいものはどれ?
① 憲法で日本語が公用語と定められている ② 日本語は法律上の明記はないが、事実上の公用語である ③ 日本語と英語が公用語である ④ 公用語は国語調査委員会が決めた
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正解:② 日本語は法律上の明記はないが、事実上の公用語である
裁判所法第74条の「裁判所では、日本語を用いる」が、ほぼ唯一の明文の例です。
まとめ

- 標準語:上田万年の提言、1902年 国語調査委員会。戦後は「共通語」。日本語は事実上の公用語
- ダイグロシア(ファーガソン・高位変種と低位変種)と、状況的/会話内コード・スイッチング
- リンガフランカは今は英語。言語的人権(1996年 世界言語権宣言)、言語計画は席次・実体・普及の3段階
- 言語接触の5つの結果。ピジンは母語話者なし、クレオールは母語話者あり(トク・ピシン)
- ユネスコ2009年、日本の8言語・方言が危機言語、アイヌ語は極めて深刻。方言札・方言撲滅運動
第9回では、国の政策や社会の中で、ことばの立場や使われ方がどう変わるのかを学びました。
次回の第10回「コミュニケーションストラテジー」では、ことばが足りないときに学習者が使う工夫について学びます。
講座の全体は、50項目講座の目次から確認できます。
※到達目標は、文部科学省「登録日本語教員 実践研修・養成課程コアカリキュラム」の必須の教育内容から引用しています。危機言語の区分は、ユネスコが2009年に発表した内容(文化庁の資料など)にもとづいています。項目の論点は、その解説書の章立ても参考に整理しています。